はじめに
7月18日に【将棋】初段になれる教室さんが、「初段になるまで平均2年」という俗説を考察した動画を投稿したので、便乗する形で記事投稿する。
— 【将棋】初段になれる教室@東京&名古屋 (@ShogiShodanSch) July 18, 2025
この動画では「平均2年」という数字のマジックを解き明かしており、非常に興味深い内容だった。
また、動画では簡易的な調査をベースにしていたため、データの精度でやや信頼性に欠けるという意見が散見された。そのため、実証的な研究を紹介し補足する。
勉強時間は意味がない?
Howard は、勉強時間がチェスのスキルに与える影響を調べるため、チェスプレイヤー680人を対象にしたアンケート調査を行った。対象とされたのは、FIDE レート対局で 25局以上の対局経験を持つプレイヤーであり(FIDE ではこの時点でレートが確定し、統計的に信頼できるとされている)、そのプレイヤーの ピークレート(最高到達レート) を、複数の変数からどれほど予測できるかを分析した。
分析に用いた変数は以下の通り:
- チェスを始めた年齢
- 真剣に練習を始めた年齢
- 過去の総勉強時間
- 過去1年間の勉強時間
- FIDE大会での累計対局数
分析の結果、レートとの関係が最も強かったのは「FIDE大会での対局数」だった(β = 0.63)。
一方、総勉強時間も有意な関連はあったが、その影響は小さかった(β = 0.16)。
また、過去1年間の勉強時間については、明確な関連は見られなかった(β = -0.07, 非有意)。
とはいえ、総勉強時間に見られた有意性も、実際には「長く競技に関わってきた」ことの影響にすぎない可能性がある。
この点を検証するため、Howardらは350局以上指しているプレイヤー(=十分な経験を積んだ層)に絞って再分析を行った。(n=74)
その結果、総勉強時間はレートと無関係となった(β = -0.08)、改めて「対局数」こそがより確かな指標である可能性が示された。
ただし、ここから「対局こそ最強の勉強法である」と結論づけるのは行き過ぎである。
なぜなら、この研究が示しているのはあくまで「レートを統計的に予測する際に強く寄与する変数が何だったか」という結果にすぎず、具体的な練習方法そのものの効果や優劣を検証したものではないためである。
Howardは、FIDE大会の対局数を「質の高い練習を行っている証拠」として積極的に位置づけているわけではなく、あくまでも「客観的で測定誤差が少なく、統計モデルにおいて利用しやすい指標」として重視しているにすぎない。
実際、過去研究(Gobet & Campitelli, 2007)を引用する形で、
「(大会に備えるため)大会での対局が意図的な練習(deliberate practice)になることもある」とは触れているが、
これは可能性の紹介にとどまり、Howard自身の主張とは明確に区別されている。
したがって、FIDE大会の対局数は、質と量を区別せず“まとめて捉えることができる”という点で、統計モデルにおける予測指標として有用だった。
少なくともこの研究においては、レートを説明する変数として、総勉強時間よりも安定して機能していたというだけの結論にとどまる。
まとめ
Howardの研究は、勉強時間という単一の指標では棋力の違いを十分に説明できないことを示している。勉強時間にはさまざまな変数が絡み、単なる累積量では棋力の成長を捉えきれないからだ。
この観点からすれば、「2年で初段」といった目安は、上達の実態を正しく反映しているとは言いがたい。大切なのは年数や時間ではなく、どれだけ意味のある対局経験を積み、適切なフィードバックを得てきたかという「質的な要素」である。
したがって、「何年で初段に達したか」といった数字や個人の成功談を、単純に学習指針とするのは危うい。棋力の向上を考える際には、数値の目安よりも、練習内容の質・環境・本人の意識といった複合的な要因に目を向けるべきである。
参考文献
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